引きこもり生活1年経験はFIRE達成後の生活に似ているかも

昔金持ち父さん、今FIRE。世の中の経済的自由活動は、早期リタイアメントのための資産運用が流行になっています。どんな道であれ、資産運用の必要性はあきらかで、私が言う3つの収入の道をどう作っていくか、に尽きるのですが、この議論で明らかに欠落しているのが、

経済的自由を獲得したあとのあなたの人生の送り方ってどうするよ?

ってことです。

ほとんどの人が、FIRE後の生活を体験していない

まあ、当然ですが、アーリーリタイア後どう過ごすかを経験していません。単純にそれって、「労働のない毎日」ということをさすことが多くて、労働がない一日って、どんなかというと、「毎日が日曜日」です。1週間の簡易タイムスケジュールを比べてみましょう。

大げさですが、「あははははー」って毎日過ごします。

人生100年時代。

40代でアーリーリタイアメントを達成した人は、45歳で達成したら、あと55年(20075日)、毎日「あははははー」です。

超ラッキー30台でアーリーリタイアメント達成した人は、32歳で達成したら、あと68年(24820日)、毎日「あははははー」です。

労働時代、65歳で定年を迎えた人は、あと35年(12775日)、毎日「あはははー」です。これとくらべて30台の人たちのFIREは、その後のセカンドライフの長さが倍ですね。

そしてなにもしなくていい毎日は、がんばっても4,5日しか続かないことに、多くの人が気づきます。

ひきこもり生活1年は、退屈極まりない毎日だった

私は10年前、相場からいったん退場して起業(というほどではないけれど、自分のそれをどう表現したらいいか、という最も適当な言葉がこれなので、起業としますw)して、その店を売却して隠居生活を1年送ったことがあります。正確には自営業上の作業が過酷で両腕が腱鞘炎になり、別の仕事もできない状態が1年続いてしまったのです。この毎日は、ほとんど上記のように「あははははー」の状態だったのですが、まったく「あはははー」ではなくて、地獄の日々でした

誰からも承認されない、存在を認められない、ひとりだけの毎日

引退した後は、とくに誰かやコミュニティでのつながりを持っていないと、あっさり簡単に孤立します。お金を使えば、相手にしてくれる人たちはわんさといます。買い物をすれば店員さんと会話ができるかもしれません。実際、私は有名どころのパン屋のほとんどを訪れて、なじみの客としてお店のオーナーさん数人と親しくなりました。

わたしの場合、半分は強制的に何もできない毎日を送ったのですが、それでも毎日の目標を作ってなかったし、なにをしたいという将来像も持っていなかったので、これは何も考えないで定年退職した人の悩みと似ているのかも、と悟りました。

どこかの番組だったかドラマだったかで、俳優が言ったセリフがよみがえります。

「なにもしないっていうのは一種の才能だ。働いた方がいいぞ」

働かなくなって、自分のお金を消費するだけの毎日で、誰にも害をなさないけれど、害を受けることもほとんどない毎日。「何のために毎日生きているのかな?」と考えることが出てきます。自らの意志で経済的自由を達成した人のその後は、生きる意味・意義を疑いかねない「平坦でなにもない毎日」が待ち受けているのは確かなわけです。これを避けるためには「FIRE後何をしたいのか」を考え、かつ「そのしたいことをするのに必要な経費は総額いくらか」ということも考えた資産最終目標を立てた方がいいのです。

今の労働。突然休みを何日か取れる、となったとして、頭の中に何日分浮かびますか?

おそらくこの浮かんだ数字が、その人の「何もしなくてもOK」な日数です。2020年はコロナ禍で多くの人が家にいる時間を増やさざるを得ない状況になりましたので、「なにもしなくていい日々」が何日続いたら騒ぎになるか、というのもプチ経験しているかもしれないですが、労働が抜けた日々って、自分の中でかなりの影響があることは確か。

ピータードラッカー博士の名言を忘れない

わたしは、経営学の祖ピータードラッカー博士の名言を忘れないようにしようと思っています。それは、人間とは社会生活の中でのみ才能を開花できる存在であり、ゆえに人間は社会の中にいなければならない、ということ。会社やNPOなど、「職場」で個々の才能を開花してこそ自分の価値が相対的に認められ、何かの進歩に貢献でき、実感し、成長する、という。わたしがFIREを語らず、アーリーリタイアメントも語らず、単に「年収200万円を配当から得たい」と言っているのは、年収200万円を達成してもカフェをやったり、もの書きをしたりで社会とつながり、誰かの役に立つ場を何らかの形で持とうとおもっているからです。達成後は何をやるか、というのはある程度ありますが、それは達成時期によるので、その瞬間が近づいて来たらまた改めて考えて行動に移したい、と思っています。